①    あの霧はなに?

会社勤め元年の夏のことです。私は、千葉県千葉市の勤務先の独身寮に居を移して社会人生活をスタートさせました。遅まきながら初めての一人暮らしです。その頃の房総半島はアクアラインなど影も形もない田舎でしたので、週末はローンで買った車に一人で乗ってドライブ三昧でした。
ある日帰り道を間違ってしまい、日が変ってもまだ戻れない日がありました。あたりは霧に包まれて視界が悪く、スピードを出すことが出来ません。しばらく運 転していると突然視界が開けました。その時私は小さなリンゴのような実をつけた果樹園の中を走っていたのです。霧が晴れ視界が開けた後も、あたりには頭ぐ らいの大きさの白い霧の塊が水玉模様のように残っていました。その時私の車は止まってはいませんし、窓も開けていません。にもかかわらずその水玉は何の抵 抗もなくフロントガラスをすり抜け車内をゆっくり移動して、スピードを変えずにリアウインドから社外へとおり抜けていきました。

あの霧はなに?

ふと気づくと、既に果樹園はありませんでした。


②    あの時お前はどこにいたのか?

高 校3年の8月のことです。場所は渋谷のスクランブル交差点です。私は東横線の渋谷駅を降りてパ西部パルコに行くために交差点のハチ公側で信号が変わるのを 待っていました。すると反対側にAがいるのが見えたのです。Aは高校の同級生ですが、私とは違いクラス1と言っても良いほど成績優秀な生徒でした。ただ、 体調不良でここ1週間ほど学校を休んでいたので、「やっと治ったのか」と思いましたが、向こうが私に気付かなかった為声をかけそびれているうちに見失って しまいました。

事実を知ったのは次の日です。Aは私とスクランブル交差点ですれ違った日の朝に息を引き取っていました。

ど うしても理解できません。私とAが交差した時間は、彼が亡くなった日の午後2時です。実際のAは健康で登校していた頃に比べかなり太っていたそうですが、 私と交差したAは休校前と変わらない体格でした。「A、お前はあの日あの時間に本当はどこにいたのか、A、もし生きていたとしたら、お前はどこに行きた かったのか」


③    ここには何かが確かにいます。

私は次の日に大切な接待ゴルフを主催していたため、当日道に迷って失敗したりしないように前日の夜にそのゴルフ場の下見をすることにしました。
その日は運転に私、助手席にナビゲーター役の愛妻が座って二人きりでのドライブです。
その時突然、二人が同時に声を挙げました。まだ夏の終りなのに「寒い」次が「怖い」次が「何かいる」言葉そのものも、発生のタイミングも全く一緒になっていました。
名前は伏せますがその時私たちはゴルフ場近くの霊園の中を走っていました。