私には小学生の息子がいます。
ある時に、高熱が出て寝込んでしまいました。世間では、インフルエンザや急性胃腸炎などが流行しており、わが子もその類だと思っていました。
もちろん、病院にも連れて行き、診察もしてもらっていました。
薬を飲み、熱も下がって一眠りしていた息子が突然目を覚ましました。
そして、言ったのです。「僕は死んだ、僕は死んだ。」
眠っている間に怖い夢でも見たのかと思い、ぎゅっと両手を握って「ここにちゃんと生きているよ。怖い夢を見たのかな。大丈夫だよ。」と私は声をかけました。
近くにいた主人も「大丈夫。」と声をかけました。
その時です。息子の顔が険しくなり、両目をこれでもかというくらい見開いて、口も歯を食いしばるような感じになり、主人をにらみつけました。そして「聞き捨てならぬ。聞き捨てならぬ。」と言うと、主人に今にも飛び掛りそうなほど身を乗り出していったのです。
これは、自分の子どもではないと直感で感じました。しかし、不思議と冷静でいることの出来る自分がいて、そんな息子に私は声をかけていました。
「あなたは誰ですか。名前を教えてください。」と。
てっきり、先ほどの武士のような口調で何か返ってくるのだと予想していましたが、反応はまったく違うものでした。
「やだ。」と明るく可愛い、小さな子どものような言い方で、たった一言だけ発しました。
も しかして、二人いるのではないかと思い、主人に数珠を取ってくるように言いました。数珠を取りに階段へ向かう主人の後を、最初のような感じになり息子が追 いかけようと身を乗り出し始めました。私が、思い切り抱きしめているのに、それをものすごい力で振り切って、主人の後を追いかけ始めました。
私は数珠だけでは足らないかなと思い、祝詞を取り出しました。
息子を捕まえ、その状態で私は祝詞を読みました。そうすると、だんだんと息子が落ち着きを取り戻し始めたのです。
わが家になぜ祝詞があるのかといえば、祖母から譲り受けたためです。祖母は毎日この祝詞を使い、神に祈っていました。祖母が亡くなり、その祝詞を私が譲り受けたのです。
そんな出来事があった翌日に、私は息子に同じ質問をしてみました。
「あなたは誰ですか。名前を教えてください。」と。
今度は自分の名前をきちんと教えてくれ安心しました。
息子は、自分が言った言葉など何一つ覚えてはいませんでした。何もなかったかのように今は生活していますが、後日言って来ました。
「白い光が、子どもの形になって、部屋にいたよ」と。