私がまだ二十代前半の頃、不動産の仕事をした事があります。
ある家を手放したい、という方がいて、私と、先輩社員の人と二人で、その家の写真を撮って来る事になりました。
それほど大きくない家でしたが、まだ新しく、何でこんな家を手放したがるのか、私達は、不思議に思いました。
ただ、その家は、日を遮る物は特にはないのですが、何か暗いんです。
何と言いますか、全体的にどんよりしている。
鍵をまだ受け取っていない、という事で、外環の写真しか撮れなかったのですが、
私は、何とはなしに、その家の窓から中を見てしまいました。

中も新しく、荷物はもう無かったのですが、空き家には見えませんでした。
それどころか、まだ誰かが生活しているような、そんな気すらします。
その時、
「人の家を覗くな」
誰かの声がしました。
私は、慌てて自分の回りを見回しました。でも、誰もいません。
それに、その声が何処からしたのかが、いまいち分からないのです。
空耳か?私は、また部屋の中を覗きました。
「人の家を覗くな」
今度は絶対聞こえました。
空耳ではありません。でも、やはり何処から聞こえるのかが、分かりませんでした。
性別は、たぶん男性のような気がしますが、女性のようにも聞こえる高い声で、また、子供の声にも聞こえました。
私は、もう、部屋を見るのはやめようと思い、本当に何気なく、窓の真下に目をやりました。
声の主がいました。
真っ黒な、もやのような、影のような何かです。
目だけは分かりました。窓の真下の壁に張り付いて、私を真っ直ぐ見上げていました。
あまりびっくりすると、声など出ないものです。
私は、すぐにその窓から離れました。
先輩社員に、もう帰るよ!と呼ばれ、慌ててそちらへ行きました。
帰り道、車の中で、先輩社員の人が、
「何かね、、、」
と、話始めました。
「この家ね、前の持ち主が、発狂しちゃって、発作的に自殺しちゃったらしいのよ。まあ、これはここだけの話よ。それを聞いていたからかなあ、写真を撮ってる間、誰かが家の中から見ているような気がしていたのよねえ」
私は、先輩社員に、今さっきした体験を話しました。
「気持ち悪い!社長、ほんとにあの家売るのかしら」
と、先輩社員は顔をしかめました。
後日、先輩社員に、また、あの家の写真を撮りに行くと言われました。
「この間撮った、あの写真はどうしたんですか?」
と、私が聞くと、先輩は、
「うん、撮ったは撮ったんだけどねえ」と、言葉を濁しました。
何かが映っていたのでしょうか。私は、気味が悪くて2回目の同行は断ってしまいました。