運転免許をとって2ヶ月ほど経った頃、車同士の交通事故を起こしました。これはその日、事故を起こす前に体験した出来事です。私は、高校を卒業してすぐに地元の金融関係の会社に就職しました。最初の3ヵ月間は新入生は本社で研修を行うことになっていて、20人ほどが一緒に受けていました。その日はいつも使っている部屋ではなく、会議室での研修でした。広い部屋に、足元が見えない作りになっている長机がコの字を描いて並べてあり、私は窓側の端に近い席に座りました。朝から雨が降っていたこともあって、室内はじめっとしていて、少し薄暗く感じました。
研修が始まってしばらくすると、何人もの人たちが室内に入ってくる様子が視界の端に映りました。私から見て、左壁側、研修生たちの後ろに立っているようで した。これまでにも、研修中に本社の方が見に来ることはよくあったので、このときは全く気にしていなかったのですが、時間が経つにつれて違和感を覚えはじ めました。いつもなら、研修生に話しかけたり、ひとりひとりを見て回ったりするのですが、この日は誰一人として全く動く気配がないのです。さすがに気に なって視線をそちらに向けると、そこにいたのは、精気を失ったスーツ姿の男の人たちでした。つまり、生きている人は一人もいません。このことに気付いた頃 には、部屋のあちらこちらに性別や年齢の異なるあの世の方々が佇んでいました。一度にこれほど大勢の霊をみるのは、この時が初めてでした。

「今 日は何かがおかしい。気をつけないとな。」研修を終え、そんなことを考えながら帰り支度をしていると、机の下から独り言のような、ぼそぼそとしたか細い声 が聞こえてきました。今思えば、そんなところから声がするはずなんてないのですが、その時は何も考えず、椅子をひいて足元を確認していました。そこには、 目を見開いたまま、ぶつぶつと何かを呟いている女の人がいました。私を見ているわけではなく、ただどこか一点を見つめたまま同じ言葉を繰り返しているよう でした。「どうしたの?」と同僚に声をかけられ、正気に戻った時にはもうその人はいませんでした。

その直後事故は起きました。会社をを出 てから3分も経っていないと思います。見通しがよく、車通りも少ない十字路でお互いノンストップでぶつかり、私の車は逆さまにになるほどの衝撃を受けまし た。車は廃車になりましたが、奇跡的に私はガラスで手を切る程度の軽い怪我で済みました。相手の方も大事には至らなかったようです。あの女の人が何を言っ ていたのか聞き取ることはできませんでしたが、きっとこの事故のことを教えてくれようとしたのだと前向きにとらえるようにしています。