ちょうど10年前の話です。
10年前、我が家には1匹の猫がいました。
メスの三毛猫で、赤川次郎の小説から名前をとって三毛猫ホームズという名前でした。
ホームズは毛並がとても美しく、自分でもそれを知っているかのような気位の高い女王様タイプの猫でした。
気が強いので私たち家族はみんな、ひっかかれたり、かまれたりしていました。
私とホームズは幼い頃から一緒に育ったせいか、まるで姉妹のような感覚でした。
冬の夜には必ず同じ布団で眠っていました。
さて10年前、ホームズは長生きをして20才で大往生を遂げました。
もう長いあいだ腎臓を患っていたのですが、冬の日に、私が仕事を終えて帰宅するのを待っていたかのように息をひきとりました。
私はたくさん泣きました。
家族でお葬式のようなことをして、明日の朝、庭に埋めようということになりました。

ホームズが死んだのは冬の寒い夜のことでした。
私は、悲しかったのと寒かったのとでお酒が飲みたくなり、深夜まで一人でチューハイを飲んでいました。
久しぶりのお酒だったこともあり、かなり酔っている状態で、自分の部屋へ戻るため階段をあがっていきました。

階段を上がっている途中、自分の足音の他にもうひとつ、足音が聞こえることに気がつきました。
・・・トットット。
小さくて幽かな足音です。
私ははじめ気にしませんでした。
それは、毎日毎晩、20年間聞きなれた、猫の足音だったからです。
ホームズの足音に間違いありません。
毎晩そうしていたように、ホームズは私の後をついて2階へ上がってくるんだな、としか思いませんでした。
酔っ払っていたせいで、とくに疑問に思わなかったのです。

しかし布団に入ってしばらくすると、扉を押し開ける音がして、初めて「あれ?」と思いました。
「ホームズ?」
声をかけましたが返事はありませんでした。
そもそもホームズは犬のように気さくに返事をするような猫ではないのです。
薄暗い室内に目をこらしても何も見えません。
ただ、部屋の中を歩き回る猫の気配だけがありました。

やがて、重たい衝撃が布団をおそいました。
ちょうど猫がジャンプしてベッドに飛び乗ってきたような衝撃です。
毎夜ホームズはそうやってベッドにのぼってきたのです。

「ホームズ?」
もう一度声をかけました。
猫はやはり返事をしませんでしたが、そのかわり、布団に入ってきました。
ごそごそと、掛布団を押し上げて、私の腕の横にぴったりと体をくっつけたのです。
昔から変わらない温かい体のままでした。

ホームズは死んだはず、と私は考えました。
死んだはずの猫が布団に入ってきたのですから酔いもさめてしまいました。
しかし怖いものでもありません。
私の大事な姉妹なのですから。
どんなに目をこらしても猫の姿は見えませんでしたが、触れるとやわらかな猫の毛がそこにありました。
かすかにゴロゴロとのどをならす音も。
その音を聞きながら私はいつしか眠ってしまいました。

翌朝、目が覚めるとホームズの幽霊はもういませんでした。
そのかわり冷たく硬い遺体となって箱で眠っていました。
私たちはまた泣きながらその箱を庭に埋めました。

酔っ払いの夢だと思われるかもしれません。
でも私は、最後の夜にホームズはお別れを言いに布団にきてくれたのだと信じています。